改訂版天女座物語1
〜毎日新聞のコラムより〜

「あなたにとって夢って?」と聞かれたら?
京都で十七年暮らしていた私達はずっと「海の見える音楽ホール」
を作りたいと、思い続けてきた。土地もない、資金もない。
でもいつかきっと実現する!コンサートで全国を回りながら場所
探しをしていた。どこかにきっと私達を待ってくれている人たちが
いると信じて。
ニ〇〇〇年三月紀伊半島を一周。熊野市役所に飛び込んで熊野の
花の窟(いわや)神社や、七里御浜などを案内して頂き魂が
びりびりと震え、ここしかないと三ヶ月後には、引っ越した。
全国有数の過疎地。陸の孤島と言われて来た場所。コンビニまで
十一キロ。電車は、三時間に一本。でもここには、降るような
星があり、乱舞する蛍がいてどこまでも続くエメラルドの海がある。
人々は、素朴で優しい笑顔。
広すぎて使い道のなかった元自動車部品工場をお借りして大工さんや
地元の方々と改装。竹の伐採や古畳運び。朝から晩までペンキ塗り。
延べ百名のボランティアが毎週土日手伝いに駆けつけてくれた。
皆の力で芝居小屋風のレトロな天女座が生まれた。
人口二百六十名の波田須。徐福が上陸したと伝えられている静かな里。
オープンには、全国から四百名が駆けつけて下さった。地元の方々は、
お祝いに三千個の餅をついてくれ、恒例の餅ち投げ。
太平洋が一望出来るカフェは、金土日営業。
都会の疲れた人がコーヒーを飲みながら双眼鏡で船を見ていたり、
ウエイトレスの私は、そんな人たちが「綺麗な景色ね!」と言って
いる後姿を見るのが嬉しい。
全く知り合いのいなかった異邦人の私達を受け入れて下さった
地元の方々に感謝感謝。
今年四月で一周年を迎え振り返ってみると嵐のように駆け抜けてきた。
一年間に六十のイベントをし、三五〇〇人くらいの人たちが全国から
やって来た。
黒潮回廊と神々の故郷・熊野』ここからたくさんの物語が生まれている。