改訂版天女座物語7
〜毎日新聞のコラムより〜

過疎に住んでみて過疎のもつ寂しさに初めて気づいた。引っ越した私達の借家に灯がともると近所の人は「電気がついているだけで嬉しい。」「昨日音を出していてうるさかったでしょ?」と聞くと
「にぎやかでええわー。」
隣の大泊小学校で昨年たったひとりの卒業式が行なわれた。
少子化の波には、勝てず在校生は一人になり、他の小学校へ転入をする。大泊小学校は、長い歴史の幕を閉じた。
ピアノを弾きに行った私が「ふるさと」を演奏すると校長先生も、卒業生も来賓も皆涙、涙、涙。

マンツーマンで育った小学校での想い出は都会でのマンモス校で味わえないスキンシップがあったことと思う。 先日、天女座に二つの中学校が遠足に来た。
「熊野古道をゆく」というオリジナル曲を映像と共に演奏しながら熊野の地がいかに素晴らしいかを話した。神社の宮司さんでも熊野から来たというと特別待遇だそうで、国生みの場所でもある熊野は日本人の心のふるさとであるということも。
中学生たちはじっと聴いてくれていた。後日、たくさんの感想文を頂いた。「熊野は、すごいところなんですね。熊野を大切にしていきたいと思いました。」
とかく過疎であることが、コンプレックスになりがちである。
何もないからと地元の人は言う。何もないことがどれほどすごいことか。七里御浜は、どこまでも美しい海岸が続き、人工的な建物は何もない。
丸山千枚田などの棚田、滝、山々を包む雲海。手つかずの自然は訪れる人を魅了する。「綺麗ねえ!」を連発していると、「あなたたちが綺麗と言っていたので配達の帰りに海を見たらやっぱり綺麗やったわ。」
いつもそばにあると当たり前になってしまう。
熊野の自然は日本の宝。
その宝が世界遺産になろうとしている。都会で疲れた人々は、心のオアシス熊野にござれ。 不便さを補って余りある豊かさがある。
高速道路はなくてもここは、地上のパラダイス。