改訂版天女座物語8
〜毎日新聞のコラムより〜

五歳の頃母親に連れられて魚屋さんに買い物に行き、店の前の家から聴こえてきた琴の音に魅せられて動けなくなったそうである。
母親が帰ろうと行っても座り込んでしまい、音楽のとりこになったと。ピアノを習わせて欲しいと両親にせがんで、やっとクラシックピアノを習い始めたが、楽譜のとおりに弾くのが嫌いだったため、途中で勝手に作って弾いてよく怒られた。
岡山の市営住宅に住んでいたのだが、ステレオもないし、音楽と言えば近所の映画館から北島三郎と加山雄三とか歌謡曲が一日中流れていただけ。だから窓の外を見ながら即興するのが好きだった。
クラシックピアノでプロになりたかったけど家系に音楽家はいないし、芸大の先生の家に飛行機で通うという「ピアニスト日記」を読んで余りに家庭環境が違うので諦めて、大学卒業したとたん結婚して普通の主婦に納まっていた。
バンドを組み始めてから、もう一度駄目でもいいから夢に生きたいと思って練習に励んでいたが、あるクリスマスの夜バンド演奏が終わって意気揚揚と帰って来た私に前夫の怒りが爆発!
「音楽を取るのか家庭を取るのかどっちかにしろ!」と書きためてきた楽譜を全部破られ、安定した生活への未練は木っ端微塵に消え、家を飛び出した。
二四歳の再出発だった。保障も何もない音楽家への波乱万丈の道。祇園のホストクラブでホスト達の歌謡曲の伴奏をしていた場末のピアノ弾きだった私が華やかなスポットライトを浴びて演奏しているなんて夢のよう。

「光の扉を開けて」という新曲を書いた。
人生はいつも新しい扉を開ける。そこには、新しい出会いや世界が待っている。勇気を持って扉を開けたときに広がる世界、
24歳の時、藁をもすがる思いで開けた扉の向こうに光り輝く世界があった。
長い苦難の道のりだったけれど「石ころだって役にたっているさ」というジェルソミーナ(道)の映画のセリフのようにお役にたつ石ころのひとつになりたいと思う。